8-Jun. 2019 脳出血で倒れた日

2019年6月8日土曜日

思うこと

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2時間目の東洋メディックの技術者さんが講習をされた

僕は休憩時間に急いで一階のトイレに立ち寄り誰かさんと出会った
トイレが済み、日本アキュレイの四ツ井さんとすれ違いざまに話した。
席に戻り、徳島県立病院の さんとそろそろ始まるねと話した様な気がしている
耳が一瞬パーンと小さい音でなった様な気がして、あれおかしいなと思った。目や耳を触るのに、なんかおかしいけどよくわからない。どんどん意識がかんじたことのない感覚、遠くに行った様な感じになった。
何回か目の前で手を振ったりつねってみたりしてみて、症状は出なかったけど隣の さんに体調が悪いことを行った。
外に出ましょうとなり、中腰で後ろから出口の方へ行ったが、途中足がもつれて、多分右足、なんとか廊下のソファーまで行った。
とくだいの退官した先生、四ツ井さん、大阪大の先生がビックリして見ていたことが記憶にある。
がん研有明病院の医師がやって来てくれて、問診を始めた。脳出血で間違いはないって医師は言っていた。僕は、マジかー、と言っていたが、ホントはカッコつけているんだよねー、と言ったり、よくわからないことを言うなー真剣なんだぞー、て言ったり、頭の中が喧嘩していたのかもしれない。まあとりあえず治るよってよくわからない楽観主義的な感じでいたような気がする。

救急車に乗った。客観的にみて言葉が出なかった様な気がしている。右手足も動いていなかったのかもしれない。

病院についた。医師が申し送りをしていた。
佐々木さんが申し訳なさそうに気の毒そうにしていた。徳島県立病院の さんも来ていた。

問診を行い、ルートを多分撮った。
CTをとり一般撮影も多分撮った。

主治医は脳出血だねといったか言わなかったか。良かったとは言っていたかも。看護師さんに画像の説明をし、失語になったらどうなるか、と看護師さんに質問されて、命があればなんとかなるよ、英語とかしゃべることはできるかもしれない。脳の位置は日本語とは違うからね、と言っていたのを。ぼんやり覚えている。記憶が途切れ途切れ。

次に記憶が戻ったら、千恵がおった。
早く帰ろうと伝えたいけど言葉が出なかった。発音は間違いないはずなんだけど、違う言葉になってしまう。何回かストレッチャーで起き上がり、 千恵に待て待てと言われた。トイレに行きたいとう言うことが言えず、脳げの先生が気づいてくれた。2-3個言いたいことがあったんだけど。。。
それから帰れんなあとわかり、また記憶が途切れた。

初日はこんな感じ


27-Jun. 2020

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自己紹介

2019年に脳出血を発症し(右片麻痺、失語症),2021年に復職しました。生きている事に感謝。

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